君の好きなところ

うわさ

「ねぇ、藤城部長と香ノ木さんの噂知ってる?」
「あー、なんか何度か2人きりで食事してたってやつ?」
会社の化粧室という誰が聞いているのかもわからない場所で、社内の人間の話題にするなんて、アホなのかと思う。
絶賛、その当事者がトイレの中にいることも知らずにペラペラと話し続ける2人を個室越しに聞き耳を立てている。
学生のころから、誰かの話に聞き耳を立てることや人間観察が好きだった。
趣味が悪いと思われるかもしれないが、やったことがある人ならわかると思うが下手なドラマを見るよりはるかに面白い。
歩き方や人間関係の噂、仕草の癖やどうでもいいけどクスっと笑える話に、話し方や恋バナ。
昼休みの教室は情報の宝庫だった。だから教室内で起きていることは人並みには知っていた。
その経験が生きたからか、声だけで今誰が話しているのか分かった。隣の部署の野々部さんと上田さんだ。
野々部さんとは一度一緒に仕事をしたことがあるから、どんな人なのか知っている。
上田さんは、藤城部長を狙ってるけど、いつも軽くあしらわれてる人ということしか知らない。
「そうそう、付き合ってるのかな?」
「どうだろう。美男美女でお似合いじゃん。」
「たしかにどっちもルックスはいいけどさ」
「いいけど何?」
「香ノ木さんのどこがいいんだろうって思わない?」
「まぁ、ミステリアスって感じはするよ」
「ミステリアスっていうか、愛想ないし、性格キツイって噂とか、来るもの拒まずで遊んでるとか社内で有名じゃん。そんな女のどこがいいんだろう」
「香ノ木さんって言ってることは正論なんだから言い方の問題が大きいよね。遊んでるかどうかも噂なんだから一概にそうとも言えないしね。」
上田さんは完全に私のアンチね。だけど、その噂は強ち間違ってはいない。たしかに言い寄られることも多々あったし、悪くないと思えば、遊びでも誘いに乗ってた。
こんな平凡でつまらない毎日に、たまには刺激が欲しくなるものでしょう。
「やけに香ノ木さんの肩持つね。あんた仲良かったっけ?」
「少ししか話したことないけど、悪い感じはしなかったよ。」
「ふ~ん。」
「それに、ふだん塩対応な彼女も、藤城部長にだけ見せる顔とかもあるんじゃない?」
「どうやって部長のこと落したのかしら。部長ならもっと他にいい子選び放題だろうにさ。」
「もしかして、部長のこと狙ってたの?」
「そ、そんなわけないでしょ。やめてよ」
図星を突かれて少し焦ってる様子が面白くて、ようやく個室から出ることにした。
2人が使っている鏡の横にわざと、移動しリップを塗りなおした。
2人の会話は一瞬にしてストップした。
「お気になさらず、会話を続けてください」
性格の悪い女だなとつくづく思う。
だけど、人のことを妬んで悪口を言う女にはこのくらいしてやってもいいでしょ。
誰が誰を好きになるかなんて誰にも影響できるものじゃないんだから、選ばれなかったあなたは縁がなかっただけね。
「それじゃあ、遠慮なく聞きますけど、あなたと藤城部長は付き合ってるんですか?」
気の強い女。
「ご想像にお任せします」
軽く微笑んでその場を立ち去った。微笑んだ後の上田のひきつった顔は、ここ最近で一番スカッとしたかもしれない。
少しだけ優越感があった。
藤城部長にガッツリ惚れている上田さんには申し訳ないが、彼を譲る気は今のところありません。
そこまで好きなわけじゃないけどね、





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