君の好きなところ

懐かしい夜

金曜の夜、藤城部長と飲みに行くことになった。
もう何回目だろうか。部長とはそれなりに食事に行っている。しかし、デートやその先の行為はまだ一度もしたことがない。
今回も行くお店は、居酒屋。
居酒屋は、バーよりもザワザワしているから、どんな話をしようが周りには聞かれない。
それに、ごはんもおいしいから一石二鳥だ。
部長もさすがに最初は、おしゃれな店に連れて行ってくれていたけど、私がこういう店の方が好みだと知って以来、店選びを変えたらしい。
高いお酒をゆっくり嗜むのもいいけど、私は仕事終わりは安い酒を何杯か飲む方が自分に合っていると思う。
店に入って、注文をさっと済ませ、料理が出てくるのを待っていた。
私も部長も、どちらかといえば口下手だから、無言になることもよくある。
その辺は、お互い気にしなくなった。
そういう時は、周りの会話を聞いて暇をつぶす。視線の先にある人たちの会話が興味深くて、そっちに意識を向けていると、入り口の扉があいた。私と同じくらいの男性が2人入って来たなと思ったら、1人と目が合った。
見覚えのある顔。
すぐに誰か分かった。十年ぶりだというのにフルネームがすぐに頭の中に浮かんだ。
古澤律希。私のすこし苦手なタイプの人。
案内された席を通り過ぎて、こっちに向かって歩いてきた。
「那緒だよね?ひさしぶり」
向こうも私の名前覚えてたんだ。
「古澤くん、ひさしぶり。」
「高校卒業以来だよな、なつかしーな。」
「うん、十年ぶりだもんね。年取ったなぁ。」
隣の部長そっちのけで彼と話していることにすこし申し訳なく思う。
「きれいになったね。あのころもきれいだったけど、」
「お世辞が上手なのは相変わらずだね」
「ほんとだって。ねぇ、また会いたい。"友だちとして”」
友だちとして、ね。
ようやく彼は部長の方に視線を送った。
「あの、那緒と連絡先交換しれもいいですか?話聞いてましたよね?」
ずるい。友だちとしてなんていったらダメなんて言えないじゃない。
「どうぞ。なつかしい友達としか話せないこともあると思いますから。」
なんか目に見えない光線を感じるのはわたしだけだろうか。
「那緒、連絡先変えた?俺、高校の時からずっとそのままなんだけど」
「ごめん。私も変えてないんだけど、古澤くんの連絡先消しちゃった気がする。」
「じゃあ、俺の方から連絡する。」
なんでまだ決してないのよ。十年もあってない女の連絡先なんか一生使うことないじゃん。
「えっ、まだ私の番号持ってるの?」
「あー、特に意味はないよ。ただ連絡先整理するのが面倒なだけ。」
「そう、じゃあまた。」
「またね。」
そういって席を離れた。
「ずいぶん親しげだったね?」
私と彼の関係が気になるかさりげなく探ろうとしているのかしら。
「中高の同級生なの。」
「それだけ?」
同級生とだけで納得するわけないよな。
「それ以上聞くの?知りたい?」
「うん、″那緒”のこと気になる。」
そんなに知りたいなら、隠すことなく教えてあげよう。
「私のハジメテの相手。」
「彼氏ってこと?」
「彼氏ではない。」
「ふーん、ヤンチャだったんだ?」
「まぁね。」
「へぇー。その彼と今度友だちとして会うんだ?」
「10年経ってたら他人のようなものですよ。」
今まで私のことに干渉して来なかったのに、今日はどうしたんだろう。
それから、出てきた料理を食べながら、お酒を飲んで1時間くらいが経った。
今日は、いつもより飲める気がして、2杯でやめているところを、3杯飲んでしまった。
お酒は強い方ではないから、大分やっている気がする。
「あ、部長。」
「ねぇ、呼び方変えて。名前で呼んで。」
今日は本当にどうしちゃったんだろう。
「藤城さん?」
「下の名前知ってる?」
何を今更そんなこと聞いてくるんだろう。
「もちろん。瑛人さんでしょ?」
「うん。」
「それで、今日トイレで私と藤城さんは付き合ってるんですか?って聞かれたの。」
少しだけ、部長は寂しそうな顔をした気がした。酔っているからそう見えただけかな。
「それで、なんで答えたの?」
「ご想像にお任せしますって」
「ふ〜ん。」
「私たちって付き合ってるんですか?」
この際、はっきりさせよう。
グダグダ飲みに行くだけで、それ以上何もないなら、他の男を見つけたい。
もう28だし、結婚とか考えるならそろそろタイムリミットも近づいてくる。
「那緒が俺で良ければ、そのつもりでいるよ。」
そっか。決め切れてなかったのは、私だったんだ。もう子供じゃないんだから、付き合ってくださいとか、そんな言葉いらないのよね。
「じゃあ私たち、恋人ですね。」
「恋人なんだね。」
少しだけ嬉しそうな顔をしている気がした。
「うん」
「この後、うち来る?」
恋人かどうかはぼかしてたのに、そういうことは、はっきり言うのね。
「うん。そうする」
いざ、このあとすぐとなると緊張するものだ。心臓が強く拍動してるのがわかる。
その後、店を出て彼の家に向かった。
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