飼育するはなし。

take 1

___メモの端切れ。

わたしは忘れちゃうけど、彼はぜんぶ覚えててくれる。

だからたいせつにしてね。



ひなみはファイルの最後に貼られたそれに首を傾げる。

「ひな?」

長い睫毛、白く透き通る肌、窓から射し込む陽の光にきらきら輝くアッシュブラウンの髪が柔らかい。

「きょうちゃん。」

京介の頬に触れる、添わせるようにして耳を愛撫する。

「きょうちゃん。変なゆめみた。」

猫を彷彿させる大きく鋭い瞳が京介の瞳を刺す。

「ひな…っ、耳だめ…。」

「きょうちゃん、おはよ。よく寝れた?」

ひなみの青白い手が離れ、京介は寂しげに視線を落とす。

「うん、ごはんたべよ?」

「ん。」

ひなみは冷めたスクランブルエッグを厚さ3cmのフランスパンに乗せて蜂蜜をかける。

「それおいしいの?」

無感動に見開かれた大きな瞳がじっと京介を見返す。そしていつも通りゆっくりと口角をあげて首を傾げる。

咀嚼し、嚥下する。

京介にはその時間が永遠のように感じられた。

「おいしい。きょうちゃん、ありがと。」

「ん。そう?」

「ごちそうさま。」

ひなみは席を立ち、京介の後ろに回ると愛おしそうに頬を撫でる。柔らかい頬に強く指を立てて、存在を確かめる、痛い。

指に伝わる熱に満足した彼女はアッシュブラウンの髪に頬を擦り寄せる。

「あいしてるよ、きょうちゃん。」



___ひと通り家事をこなした京介がひと息つく頃、支度を終えたひなみが部屋から出てくる。

いつもきっかり同じ時間に支度を終え、寸分違わず同じ日常を繰り返す彼女。

「いってきます。きょうちゃん。」

彼女は妻ではないし、まして恋人ですらない。

「いってら。」

京介の心を見透かしたように玄関で立ち止まり京介を凝視する。そしてゆっくりと口角を上げ、首を傾げる。

「…ひな!」

「……ちゃんと、かえってきて。」

「お願い。」

不安と緊張から声が震え、恥じらいから視線が泳ぐ。

「帰ってくるよ、お留守番ちゃんとできたらご褒美あげちゃう。」

「…うん。」

この時間、京介は決まって強い不安に襲われる。
昨日と同じ会話、同じ時間、扉の閉まる音。

そして外鍵の掛かる音。

彼女は妻ではない、まして恋人ですらない。
愛を囁かれてもキスはされたことがない。
体を重ねることもない。

彼女の匂いが残るブランケットを抱き寄せる。
いつも食事のときに体にかけており、なぜか洗濯されるのを嫌がった。

「ひな…」

彼女に寄せるこの感情が恋慕なのか、依存なのか、はたまた主人への敬愛なのか京介には判断できなかった。
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