乞い果てて君と ~愛は、つらぬく主義につき。Ⅲ~
とっさに掌で口を覆った。手前のワゴン車が壁になって、どうにか気付かれてない。息を殺し、じっと耳をそばだてる。直感。聞き逃したら後悔しそうな。

「ったくブっ倒れるまでガマンしやがって、バカヤローが」

「昨日は真さんもいねーし、オレら大変だったっス。なんかすぐには病院に運べねーって言われて、葛西さんブチギレっすよー」

「夜中の急患がヤクザじゃ医者もメンドくせーんだろ?その分カネ積んでんだ、ガタガタ抜かすなクソが」

目下と目上のふたりの会話に、内臓がギリギリよじれる感覚。散らばった点と点が数珠つなぎになってく。

「また入院っスか?真さん朝からスゲー怖くて」

「そこまでじゃねーみてぇだけどな。とにかくお嬢さんにバレたら仁さんに殺されっぞ、気ィつけろ」

刹那。固まって動かなかった足が勝手に踵を返した。追い立てられるように駆け出し、斜めがけしたスマホショルダーが大きく小さく弾む。

榊は定期検査だって。チガウ。ママに荷物わたして帰ったあとで何かあった・・・!みんな、あたしに隠してた・・・!!

事務所の入り口はオートロックで、中から開けてもらう時間さえもどかしかった。

「お疲れっス!」

かけてもらった挨拶にきちんと返す余裕もない。

「真っっ」

自分の声が空気を裂いてフロア中に響き渡った。
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