鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
「横に来てくれないか? 近い方がなにかとわかりやすいだろう?」
「は……かしこまりました」

 そんなわけないじゃん。
 セクハラじゃん。
 そう思いはするものの、しぶしぶ花田専務の横に座り、資料を指さし読み上げながら説明を続ける。
 じりじりと花田専務が身体を近づけてくるので、私もゆっくりこっそり横にずれる。
 しかしあからさまにすることはできず、しまいにぴったりくっつかれてしまった。
 なんだか湿り気のある体温がすぐそばにある。……最悪だ。

「っ、で、ですので決算の時期に」
「心春ちゃんさあ」

 花田専務がねっとりとした声で私を下の名前で呼んだ。さっき馬鹿にしたばっかりの、私の名前。叫びたくなるのを我慢しながら専務を見上げると、彼はねばついた視線を私によこす。
 ぞっとして喉が詰まる。以前、社内で課長にセクハラされていたときにもしょっちゅう浴びせられかけていた視線だ。泣きそうになるのをぐっと我慢する。

「いつから本城社長の秘書なんだっけ」
「三年前です」
「ふうん。嫌じゃない?」

 そう言いながら、あろうことか花田専務は私の肩に手を置いた。ひ、と悲鳴を呑み込む。この動き、間違いなく慣れてる。最悪だ。

「い、嫌とは……どういう意味でしょう」
「あんな、御曹司って立場だけで社長になるような甘ちゃんの若造と仕事しててイライラしない?っていう意味だよ。どうせ大して仕事もできないんでしょ? 将来期待できないよ、あんな甘ちゃんは」

 私は耳を疑い、目を見開いて花田専務を見た。
 いま、この人、社長を……なんて言った?
 御曹司ってだけで? 仕事もできない? 甘ちゃんの若造?

「確かに顔はいいけど、さあ、……心春ちゃん、スタイルいいよね。年上の男と遊んでみたことある?」

 ニチャアと笑った花田専務の視線は私の胸と足を往復している。私は思い切りにらみつけ、小さく、けれど低くはっきりと告げる。

「撤回してください」
「――は?」
「撤回してくださいと申し上げているんです!」

 私は身をよじり立ち上がり、専務を見下ろし言葉を続けた。

「しゃ、社長は……うちの本城は! 御曹司という立場に甘えたことなど一度もございません!」

 花田専務はぽかんとしている。その口に書類を丸めて突っ込んでやりたくなるけど我慢した。
 この人は取引先の人、私だけの問題じゃない……でも看過できない。
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