鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
エピローグ
 長男の瑛司が生まれたのは、雨が降りしきる早朝のことだった。
 梅雨のころだ。

 しとしとと降る雨が美しく、俺は生まれたばかりの瑛司を抱いてぽかんと産院の窓から庭を眺めていた。
 青紫の紫陽花に絹糸がさらさらと流れていくような、そんな繊細な雨。

「玲司さん……?」

 眠そうな心春の声にハッとして、背後を振り向く。
 心春の実家近くの産院の、少し手狭にも思える個室。
 好きなところを選んだらいいという俺に心春が決めてきたのは、彼女自身が生まれたというこの産院だった。

「起きたのか」

 ベッドに横たわる彼女に近づく。産褥熱で四十℃近いらしい。

「うん。ごめんなさい、すっかり寝ちゃって」
「何を言うんだ。寝ていろ。好きなだけ寝ていろ」

 なにしろ丸二日、彼女は苦しんだ。
 そうやってこの、腕の中ですやすや眠るかわいらしい赤ん坊を産んでくれたのだ。
 いや、それだけじゃない。つわりなんかの体調不良にもことごとく耐え、頑張ってくれた。
 いまも熱に苦しんでいる――感謝以外のなにものでもない。

「瑛ちゃん、抱っこしていい?」
「大丈夫か?」
「ん、お薬効いてきたみたい」

 そう言って心春は起き上がり、俺から瑛司を受け取る。
 疲れ切った顔に浮かぶ慈愛に、胸が締め付けられる。
 そっとこめかみにキスをした。

「ありがとう心春、よく頑張ってくれた」
「ふふ、何回目?それ」

 そう言いつつも嬉しげに、まんざらでもない顔をしてくれるのだから、俺としては何度だって言いたくなる。

「そう言うな。伝えたいんだから――愛してる」

 真っ直ぐに目を見て告げると、心春は照れを隠さずに頬を赤くして唇を綻ばせる。いつまでも変わらない初心な反応に、愛おしさがこみ上げた。

「……ね、玲司さん」

 心春は俺を呼び、それから困ったように言った。

「どうしよう」
「なにが」
「かわいすぎる……」

 そう言う心春の瞳は、とろとろになって息子を見つめている。

「尊い……だめだ、本当に。存在が幸せ……」

 俺は目を瞬き、苦笑して肩をすくめた。
 多分今、心春の言う「最推し」が俺から瑛司になってしまったのだろう。

 それも素敵なことだ、と俺は瑛司の頭を撫でる。
 体温の高い、少し湿り気のある新生児の頭だ。
 ふわふわの産毛みたいな髪が気持ちいい。

 そんな俺を見て、心春が「ふふ」と笑う。

「なんだ?」
< 105 / 106 >

この作品をシェア

pagetop