鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 しどろもどろになっている花田専務の前髪が、汗でべっとりとくつついている。冷や汗だろう――それほどに、本城社長の冷たいオーラには圧倒されてしまう。

「『黙って言うことを聞いておけば?』――森下になにをしようとしたのですか。お答えください」

 淡々とした、丁寧な口調がかえって凄みを醸し出していた。圧倒されて二の句が継げない専務の手を、やや乱雑に本城社長は手放した。

「森下の持っているこれは渡せませんが――これならば」

 そう言って社長はジャケットのポケットからUSBメモリを取り出した。

「これならば、差し上げましょう」
「な、なんだ? これは」

 不思議そうな専務に、本城社長は笑う。綺麗すぎて凄みのある笑顔だった。

「あなたの横領のデータですよ。正確にはそのコピー」
「そうか、横領の……横領?」

 専務が目を剥く。本城社長は彼を見下ろし、冴え冴えとした目線で続ける。

「そうですよ。いろいろとタレコミをいただきましてね、俺も一枚噛ませていただきました。……いまごろ同じデータが検察に提出されているはずです」

 ひい、とかうわあ、みたいな唸り声をあげ専務は慌てて応接室を飛び出て行った。それを目線で追いながら、私はへなへなと座り込む。

「っ、森下」

 本城社長が慌てて私を支え、ソファに座らせてくれた。そうして自分は片膝立ちで床に座り、心配そうに私の顔を覗き込む。

「ひとりにして済まなかった。あいつになにをされた?」

 なにがなんだか混乱しつつ、なんとか順を追って説明する。セクハラされたことを話すと、社長は弾かれたように立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「しゃ、社長?」
「止めてくれるな。あいつまだ近くにいるはずだ、捕まえて一発ぶん殴ってやる」
「ま、待ってください」

 なんとか立ち上がったけれど、ふらついてしまう。再び本城社長に支えられ、ソファに座り直した。

「落ち着いてください、社長。わたくしは……大丈夫です」
「……すまない、君がそんな目に遭ったと聞いて冷静さを欠いていた」
「いえ。むしろうまく対応できず申し訳ありません」
「こちらこそ悪かった。まさか取引先の人間にあんなことをするとは……香椎は?」
「香椎係長はいまお電話で」
「そうだったか」

 社長は軽く眉を顰め、さっきと同じように床に片膝をつき、私の顔を覗き込む。

「しゃ、社長。お立ちになってください」
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