鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 ふ、と息遣いを感じ、私は視線を正面に戻した。
 染みどころかシワひとつない白いクロスが敷かれた丸テーブルの上には、赤ワインが注がれたワイングラスがふたつ。
 濃厚な赤色が、中央に置かれた蝋燭の灯を反射していた。

 少し離れた壁際には瀟洒な飾り棚。
 その上に置かれた花瓶では、上品に咲く桜の枝が生けられていた。
 そういえば、今年はお花見したいなあ。――と、私のことはどうでもいい。

「改めて、本日はこのような場を設けていただき、本当にありがとうございます」

 向かいの席にいる本城社長に頭を下げる。
 社長は「いや」と低い声で言ったあと、ワイングラスを手に取り微かに揺らす。甘くて蕩けるような低音の声だ。
 
 改めて思うけれど、声まで完璧だなんて、神様はどうかしている。

 ……と、今日の昼間のことを思い返して顔に熱が集まりそうになる。
 泣いてしまったことだけで十分恥ずかしいのに、あまつさえ抱きしめられ、やさしく撫でられて……耳元で喋る社長の声、息遣いまでも完璧に記憶してしまっていた。
 ごまかすようにワイングラスをぐいっと傾ける。

 ワインの良しあしはよくわからないけれど、とにかくこのワインがとても美味しいことだけはわかる。ボトルに書かれていたのは、たまたまだろうが私の生まれ年だった。

 いまは、もうすぐ肉料理(ヴィアンド)が運ばれてくるところだ。子羊をどうにかしたものらしい……コースの名称は秘書として覚えてはいるものの、なかなか料理の細かいところまでは把握できていない。

 もちろん自分が予約や手配したものであれば細かいところまで記憶しておくものの、今回は社長が……いや言い訳だ。どんな場合でも対処できる秘書力を鍛えておかねば……いや? ハッとして顔を上げた。

 も、もしかして今日はそのことをわたくしめに教えるためにわざわざ場を設けてくださった……?

 ひとり顔色を変えているだろう私を見て、本城社長は「ふっ」と噴出した。

「社長?」
「いや、本当に君は見ていて飽きないな、と。……ずっと見つめていたくなる」
「……? 光栄です」

 すこし声のトーンが変わったことを不思議に思いつつ、私もワインに口をつけた。

「そういえば少し、顛末を話して構わないか? その方が君も安心できるだろうと思う」
「顛末……というと、花田専務のことでしょうか。横領が、とおっしゃっていましたが」
「そうだ」
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