鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 そう言って玲司さんは私の耳殻にそっと唇で触れた。その行為がいわゆる「キス」というものだと気が付いたときには、玲司さんはもう私から離れていた。

「……?」

 ようやく反応して耳に触れ、目を瞬いて彼を見つめてしまう。
 触れられたところがとっても熱い。きっと耳が真っ赤だ。
 いやそれどころか、頬も、多分首まで。
 口をぱくぱくして言葉を失っている私の視線の先で、玲司さんは小さくにやりと笑った。

「先に戻る」

 口調だけはビジネスモードでそう言って、玲司さんは長い脚で歩き去ってしまう。
 私は声を発することができない。
 声を出したら「あばばばばば」とか意味のないことを叫んでしまいそうな気がする。
 本当はキャアキャア叫びながら給湯室を飛んで回りたいけども。
 それくらいのことをされてしまっているけれども!

 私は熱くなった頬で豆を挽きながら、必死で今日のスケジュールを脳内で整理した。
 どきどきが止まらない。
 なんだか少しだけ、いままで玲司さんに感じていたのと違うときめきが生まれかけている気がした。「推し」とは、「尊敬」とはまた違うような。




 さて、その日から私は妙に忙しくなってしまった。
 仕事じゃない。玲司さんはさっそく結婚の準備を始めてしまったのだ。
 私も式場のリストアップなどに忙しい。

 できるだけ多くの関係者をお呼びし、玲司さんのCEOとしての立場を固め、さらなる躍進につながる場にしなくてはいけない。

 とはいえ、私も忙しくなることに関して否はない。なぜなら玲司さんを全力でお支えするのが私の命題。一日でも早く結婚し、同居し、私生活においてもサポート態勢を整えなければならないのだ。

 ……そう思うのに、私はなんだかやけに甘やかされはじめていた。

「……あれえ」
「どうしたんだ?」

 赤い鳥居の向こうで、玲司さんが振り向く。私ははっとして慌てて走り寄った。さっきまで降っていた雨に濡れた砂利が音を立てる。

「い、いえ」

 今日は土曜日。昨日の仕事終わり、玲司さんがふと言ったのだ。『そうだ、明日はすこし遠出をしないか』と。
 てっきり視察かなにかだと思った私に、玲司さんは『デートだよ』と柔らかく眉を下げる。

『デー……ト?』
『そう。せっかくだから少し遠くに寺社めぐり。どうだろう』
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