鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 心春はいつも俺を認めてくれる。
 コンプレックスでガチガチで、必死で前を向いて進むしかなかった俺に、純度百パーセントの信頼と尊敬を与えてくれた。
 兄への劣等感に苛まれていた俺を、くるんと愛情で包んでくれた。
 それを失いたくないと思ってしまうのは、当然のことではないだろうか。失うのが怖いと思ってしまうのも、その前に手に入れておきたいと希ってしまうのも、自然の摂理だろう。

 兄。――本城誠司。十歳年上の、本来ならばいま社長として跡を継いでいたはずの兄。
 なにをしても敵わなかった。『お兄さんがあなたくらいの年の頃には』といつだって比べられていた。
 負けてたまるかと必死で足掻いてきた。

 兄があっさりと余裕たっぷりにこなす全てが、俺にとって必死で取り組まなければ成し遂げられないものだった。

 なのにあっさり、兄は会社も家族も捨て去って『ごめん、やりたいことある』と去っていった。そしてその世界でも成功を収めている。
 それに比べて、俺は……。

「玲司さん」

 鈴の鳴るような声に、はっとする。いつの間にか目を覚ました心春がじっと俺を見つめていた。

「大丈夫ですか」

 そう言って、彼女は俺の眉間に「失礼します」と手を伸ばす。

「もしかして、週明けの定例会のことでしょうか。あまり根をつめないでください」

 俺が仕事のことで悩んでいると思ったらしい。少しひんやりとした指先で、たおやかな手つきで俺の眉間を撫でる。知らず寄っていたしわを伸ばそうとしてくれているのか。
 心地いい。

「あ、し、失礼しました」

 手を引こうとした心春に「いや」と小さく呟いた。

「とても気持ちがいい」
「本当ですか」

 心春は嬉しげに言って、俺の眉間をまた撫でた。視線を向ければ、優しい心春の顔が見えた。誰よりも愛おしい人の慈しみが自分に向けられている。幸福すぎて、胸が詰まった。

「あれ?」

 心春が自分の指を見て、何度も目を瞬かせる。みるみるうちに、綺麗な目が見開かれ、瞳が潤んだ。たとえ恋愛対象外でも、彼女が俺を好いてくれているのはまごうことなき真実だ。
 歓喜と幸福で胸が温かい。俺はそっと口角を上げた。

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