鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 最初は緊張からか真っ赤になっていた心春だけれど、階段も半ばを過ぎたいま、ようやく少し落ち着いてくれたようだった。ほう、と息を吐き少し目を細めているのは、景色を眺めているせいか。

「どうした?」

 目線を落とし聞いてみれば、心春は「現実感がなくて」と呟いた。

「たった一ヶ月で、外国で結婚式を挙げているだなんて」

 そう言ってから「綺麗」と呟いた。俺も振り向く。
 スロベニアの夏の陽射しで、湖面は翠に青に揺蕩いながら輝いている。針葉樹の緑が目に眩しい。アルプスの山々はまだ山頂に白く雪を頂いている。
 湿度はそうないから、汗もほとんどかいていない。目線を戻せば、おとぎ話にでてくるかのようなかわいらしい白い教会が日に照らされていた。

「ああ。綺麗だ」
「ですよね。日本の光景とはまた違うなあ」

 俺は目を瞬き、頬を緩めた。

「君が、だよ」
「え」
「君が綺麗だと言ったんだ」

 心春が目をゆっくりと瞬く。透明感のある美しい瞳に、俺が映りこんでいた――身もふたもないほどに蕩け切った、恋する男の顔だった。これでよく俺の感情に気が付かないよなあ。こんなに愛おしくて大切なのに。

「私、が?」
「ここに他に人が?」

 肩をすくめ、再び歩き出す。心春の手がきゅっと俺のタキシードを掴んだ。耳殻が真っ赤だ。愛くるしくて可愛らしくて、胸がきゅうっと締め付けられる。

「い、言われなれないので、その」
「そうか。なら慣れるまで言ってやる」

 口角を上げると、心春は頬を綺麗な赤に染め、しおしおと眉を下げた。

「慣れたりなんてできません、きっと」

 蚊の鳴くような声で心春が呟く。俺は面白くなって小さく笑った。慣れてくれても嬉しいし、慣れずに初心なままでもかわいらしいなと思ってしまったのだ。
 階段の上には両家の親族が並んでいた。

 ……兄だけはいない。招待はもちろんした。だがどうしても外せないショーがあるのだと本当に残念そうに頭を下げられた。あの人はファッションデザイナーなのだ。それも、世界的な。

 フラワーシャワーに歓迎され、腕の中で心春が幸せそうに手のひらに手を伸ばした。

「心春ちゃん、おめでとう」

 近親だけの式だけれど、心春の強い希望もあって遠縁の浦田紗彩も招待していた。彼女の夫と息子もだ。

「浦田さん、遠くまでありがとうございます」
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