鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 玲司さんはコーヒーを口に含み、こくんと呑み込んでから続ける。

「君とゆっくりしたい。心春」

 また「私」だ。どうして……?
 一瞬、玲司さんが私のことを恋愛的に好きなのではと思って、慌てて否定した。そんな自意識過剰はいけない。あのことを忘れたの。すごく恥ずかしかったし、みじめだったじゃない。

 ……昨夜、玲司さんが私に自信がないことを心配してくださっていたけれど、全然大したことじゃない。

 高校生のとき、仲のいい男子がいた。
 仲がいいと思っていたのは、私だけだったみたいなのだけれど、とにかく私は彼に恋をしていた。

 彼はいつも私のことを『森下ってほんとかわいいよな』と言ってくれていたし、きっと彼も私のことが好きなんだと思っていた。

 でもある日、彼は私の友達、乃愛と付き合うことになった。

 笑顔で祝福しながら、胸の内はざわざわしていた。
 なんで、あんなにかわいいって言ってくれてたのに。
 胸をしめつける、鋭くてずきずきずる気持ち。

 理由はすぐ知れた。
 彼が彼の男友達と雑談していたのをたまたま耳にしたのだ。
 それも、乃愛と一緒にいるときに――。

『お前、絶対森下さんのこと好きなんだと思ってたよ』

 放課後の教室から聞こえてきた自分の名前に足を止める。

『そうそう。よくかわいいなんて言っていたし』
『……あー。あれは』

 彼は苦笑して続けた。

『犬とか猫とかに言うかんじの、かわいい』
『そういう意味かあ』
『確かにちょっと森下さんって小動物みがあるよな。かわいい』
『うん、そういう意味でかわいい』
『小走りしてたりするときゅんとするよな』

 悪口じゃなかった。
 むしろ容姿を客観的にポジティブに褒められていたと言っていいのかもしれない。
 でも傷ついた。
 めちゃくちゃに傷ついた。
 そんな私に乃愛は笑って言った。

『心春、もしかしてだけどさ、勘違いしちゃってた? あいつから好かれてるって? 自分のこと、客観視したほうがいいよ。友達として言うけど、そういう勘違い、痛いからさ』

 ……と。
 向けてくる笑顔にも見える表情には明確にこう書いてあった。『うっわ、かわいそう』って。

 笑ってごまかしながら、私は骨身にしみて理解した。
 私に向けられる『かわいい』は『そういう意味でのかわいい』なのだ。
 だから、勘違いしちゃいけない。

「心春?」
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