鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 早く温まらなきゃ、と言いながらふと不思議に思う。
 なんで玲司さん濡れてるの? 車は?

「あの、なんで……」

 びしょぬれの玲司さんは、玄関のあまり明るくない照明の下で俯いていて、よく表情が見えない。
 ただ小さく「少し」と掠れた声で呟いた。

「少し、考えたいことがあった」
「そう……なんですね」

 私は近寄り、背伸びをして頭をタオルで拭く。

「なんにせよ、風邪をひいてしまいます。お風呂にいきましょう?」
「……そうだな」

 微かに玲司さんが頬を緩める気配がして、私も微笑んだ。
 お風呂からほかほかになって上がってきた玲司さんは、いつも通りの雰囲気に戻っていた。
 声も普通で安心する。

「心配をかけてすまない。あまりにも頭に血が上る情報を得てしまって、頭を冷やしたかったんだ」
「それにしてもやりすぎです。風邪をひいてしまいます」
「わかっていたんだが」

 苦笑して玲司さんはソファに座り、それから大きく手を広げた。

「玲司さん?」
「心春、おいで」

 目を瞬く私に、玲司さんは眉を下げる。

「来てくれ。癒されたいから」

 そう頼まれれば断れない。
 というか、何があっても駆けつける! くらいの勢いで玲司さんのところに向かう。
 きゅっと抱きしめると、そのまま太ももの上に斜めに座らされた。

 ちゅ、と頭にキスが降ってくる。
 彼を見上げると、唇が重なった。
 触れるだけの優しいキスだ。
 鼻の頭どうしをちょんとつけて、また離れて頬にキス。
 その間、彼は大きな手のひらで私の頭をよしよしと撫でたり、髪の毛を耳にかけてくれたり、指の関節で耳をくすぐったりと動きを止めない。
 とにかく慈しまれている、そんな気分になってくる。

「心春、かわいい」

 玲司さんはたっぷりと糖分が煮詰まった声で言う。
 目線を上げた私に、彼は目元を緩めた。
 あ、笑いじわ。
 ほんのちょっとの、これくれいの至近距離じゃないとわからないくらいの、薄いそれ。本当にかわいい……。
 きゅんとする私に、彼はまたキスを落とす。
 それから頭に頬ずりをして、少し名残惜しそうにしながら「なあ、心春」と私を呼ぶ。

「なんですか」
「答えなくなかったら、答えなくていい……怪我をしたのは、足首だったか」
「え? えっと」
「……この間、ちらっと話していただろう? その、高校時代の」

 玲司さんが珍しく歯切れが悪い。私のことを気遣ってくれているのだろう。
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