鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
「入社式のね。もちろん入社する側だったんだけれど。たくさんの人がいた。会社で偉くなるってことは、経営するってことは、その人たちの人生を丸ごと背負うことなんだと気が付いて――怖くなった」
「それは、仕方ないのでは……まだ新入社員でらっしゃったんですし」
「そうかもしれないね。でもオレには耐えきれなかった……だから逃げた」

 にっこりと誠司さんは笑う。

「やりたいことができた、会社は継がないと。オレが逃げたならば、その重圧が全て玲司にのしかかるだなんて、想像さえせずに」
「そ……んな」

 私は言葉を失う。
 誠司さんは多分、頭のいい人だ。
 そんな人が後先考えられなくなるほど、会社を継ぐということは重いことなのだ。真面目であれば、あるほどに。
 誠司さんは苦笑する。

「そんなオレのことを、玲司が呆れて見放してしまうのは当然のことだと思う。蔑まされていうんじゃと怖くて、オレは日本に帰国できなかった。玲司の顔が見れなかった」
「誠司さん……」
「後悔して後悔して、必死でブランドを立ち上げた。玲司と同じ立場になれば、あいつの顔を正面から見られると思って……ねえ、心春さん」

 私を呼び、悲しそうに誠司さんは笑う。

「変だと思わないか。あまりにも性急だと思わなかったか? まだ二十代の玲司が重役に就くこと、CEOなんて重責を負わされてしまうこと」
「……それは、玲司さんが……」

 優秀だから。努力をしてきたから。誰よりも前を向いて進んできたから。
 そう思っていた。ううん、それも真実だ。でも……。

 世界は私が思っているよりも、もっと残酷なのかもしれない。

「玲司はね、十年分短縮させられているんだ。どれだけのものを捨ててきたんだろうね」

 息を呑む。バスケ留学をした玲司さん。
 大学ではバスケを辞めたって言っていた。
 本当は続けたかったんじゃないだろうか。

 もう痛まないはずの左足首が疼く。
 もうできないから諦めるのと、までできるのに諦めるのとは、どちらのほうが苦しいのだろう。
 誠司さんは寂しげに笑った。

「本来このプレッシャーを背負うべきだったのは、三十九歳のオレだったんだよ」

 そう言う誠司さんのかんばせには、強い後悔が刻まれていた。
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