鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
「んー! もどかしいっ。もどかしすぎて、後押しするつもりだったの。……だって見ていたらすぐわかっちゃったもの。あたしだけじゃないわ、みんなすぐに気がついたの」

 私は曖昧に頷く。
 一体何について「わかった」というのだろうか。

「でも絶対に本人に言うなと念押しされているから……ああもう」

 会長は応接セットのソファに座り、「まあいいわ」とふっと気を抜いて笑った。

「どうせ今日言うらしいから」
「なにをです……? あ、まさか社長、すでにお心に決めた方がっ」

 つまり、その方についてきちんとサポートするなりなんなりしろ、というご指示だったということか!

「そうよー。だからリストはなし。今すぐに破棄」

 かしこまりました、と頭を下げて会長室を出た。
 スキップしたい気分だった。
 尊敬する本城社長にすてきな奥様ができる日も、そう遠くはない!




 ……といった、お昼のことを少し思い返しながら私は意識を二重にしていた。そうしないと目の前にいる五十代男性をひっぱたいてしまいそうだったからだ。

「秘書さん、ええと……森下心春さんかあ。なんていうの、こういう若い子の名前の読ませ方。心で『こ』なんて読まないでしょ」
「そうですね、わたくし以外でもお会いしたことがございますので、名前用の読み方なんでしょうか」

 ビジネス用の笑顔を張り付けて、私は名刺を眺める五十代男性こと花田専務に言葉を返した。
 今頃は、本来なら本城社長に付いて定例会議をしていたはずだ。
 それが、急に取引先である某大手メガバンクの専務が訪ねてきたのだ。
 前々からまだ年若い本城社長を小ばかにしているのが透けてみえる人で、苦手だった。
 今日だってそうだ、普通アポもなく急にくるなんて失礼すぎる。
 だけれどビジネス上、必要なお付き合いのある銀行さんだ。
 無碍にもできず、とりあえず会議が終わるまで応接室で私と秘書係長でもある香椎さんが応対することになったのだった。
 上座に座っていただき、反対のソファに失礼して資料の説明を行う。
 香椎さんが急な電話で席を外してしまったため、しばらくはふたりきりだ。

「うーん。ここの資料、読みにくいな。ちょっと森下さん頼める? 老眼でね、申し訳ない」
「さようですか。失礼いたしました」

 私は謝罪し、応接セットのローテーブルにあった資料に手を伸ばす。
 すると「ああ、よければ」と花田専務は笑った。
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