鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
「今思い出しても笑えるわよね。階段を無様に落ちていくあんたを思い出すと――」
「どうして君がそれを知っているんだ?」

 個室のドアが開く。私は唇を噛んだ。

 全部が晒される日が、ついに来てしまった。

 乃愛ちゃんはぽかんとしている。

「あのとき、心春は人気が無い階段で『誰か』とぶつかって落ちた。つまり落ちていく心春を見ていたのは、ぶつかった『誰か』だけだ――新原」

 玲司さんが私を立たせ引き寄せ、乃愛ちゃんを睨む。

「貴様、心春になにをした」
「ほ、本城社長?」

 ぽかんとする乃愛ちゃんを無視して、玲司さんは私の唇に指を這わせる。

「噛むな」

 そう囁き、目元にキスを落とし、涙を拭ってくれる。
 私は息を吸う。彼が近くにいてくれるだけで、心強い。

「な、なんで。心春には飽きたって」
「飽きるわけないだろ」

 心底呆れたように彼は言って私を抱きしめる。

「年貢の納めどきよ!」

 再び個室のドアが開き、声が響き渡った。

「……ってこれ、言ってみたかったのよねえ」

 さらに入ってきたのは浦田さんと藤木さんだ。ローテーブルの上に書類をばらまく。

「これ、あの日校内にいた元生徒全員からの証言。階段の近くを急いで走るあなたの姿の目撃証言、養護教諭の証言、その他もろもろの、証言。思い出してもらうの、大変だった」
「すまない、心春。物的証拠はさすがに残っていなかった。だから新原から言葉を引き出す必要があった。大丈夫か」

 私の背中を玲司さんが優しく撫でる。私は顔を上げ首を振ってから乃愛ちゃんに告げた。

「知ってた」
「……え?」

 私以外の全員が一瞬動きを止めた。

「心春。それは……」

 玲司さんの声が明らかに狼狽していた。私は静かに続けた。

「あのときぶつかって逃げたのが、乃愛ちゃんだって、私知ってた」
「……は、あ?」

 乃愛ちゃんが絞り出したのはそのひと言だけだった。玲司さんが私の肩を抱く手に力がこもる。

 あの夏の日。
 落ちてゆく残像。
 乃愛ちゃんが私を見ている表情のないビー玉みたいな瞳。
 聞こえてくる蝉しぐれ――。
 廊下のリノリウムの冷たさ。
 彼女が私に優しくしてくれたのが、たとえ贖罪だとしてもよかった。わざとじゃないって、信じてた。

「な、のに」

 声が震える。
 だってあの言い方は、確実に……私を狙ったものだ。

「どうしてあんなこと」
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