鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
「し、知らない。あたしなにも……っ。て、ていうか、なんなんですかこれ……っ。あ、わかった」

 乃愛ちゃんは歪に笑う。

「そいつでしょ。藤木。あたしに成績抜かれたの根に持って、あることないこと……」
「あることないことっていうのは、これのことか」

 藤木さんが乃愛ちゃんにタブレットを渡す。
 乃愛ちゃんは目を眇めたあとに「いつのまに」と呟いた。そこには枕営業の証拠である写真があるはずだった。

「そもそもあなた、転職繰り返していたでしょう。枕して、枕でもとれなくなってきたら次の会社にって。焼き畑してんじゃないわよ」
「あ、あたしは」

 ソファの上で乃愛ちゃんはそう言ったきり、微動だにしない。

「この件は表沙汰にする。プレスリリースもふくめ正式に世間に公表する」
「そ、そんなことをすれば」

 乃愛ちゃんは玲司さんに向かって卑屈に笑う。

「ホンジョーの名前にも瑕がつきますよ」
「構わない。それが道義的責任というものだ」
「あ、あたしの名前は」
「そこまでする気はないが、人の口に戸は立てられないものだということは覚えておいた方がいい」
「もう焼き畑でいるようなおっきい会社はあんたなんか出禁よ~」

 浦田さんがべえっと舌を出した。……たぶん、よほど乃愛ちゃんにストレスたまってたな。

「それから損害賠償もねえ~」
「そ、そんな」
「処分は追ってする。ただひとつだけ聞かせろ」

 玲司さんの声のトーンが、低く、冷たくなる。この声に比べれば南極のほうがよほど温かい。

「なぜ心春を階段から突き落とした」
「……スパイク貸してくれなかったから」

 は、と息を吐いた。呆然とする。スパイク?

「あー、もう、いいわよ。どうせあたしが悪いんでしょ、いいわよいいわよ。インハイ決まって、ちやほやされてていい気になってるのも見ててイライラした。あたしのほうがかわいいのに。だから心春には他に好きな人がいるって嘘ついて、いい感じになってた男子も奪った。これで十分?」

 そう言って綺麗なかんばせで私たちを睨む。玲司さんは掠れた声で言った。

「俺はお前ほど醜い人間を知らないよ」
「……はあ?」

 いきりたつ彼女を置いて、玲司さんは私の手を引き部屋から出た。
 扉の向こうからは金切り声が聞こえてくる。
 バーはいつのまにか無人になっていて、代わりに香椎係長と顧問弁護士の先生が入口に立っていた。

「おつかれさまです」
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