鉄仮面CEOの溺愛は待ったなし!~“妻業”始めたはずが、旦那様が甘やかし過剰です~
 そう言って係長が先生を連れて個室の方に向かっていく。
 私は静かに玲司さんに続く。

 コートを羽織ってバーを出ると、やけに月が眩しい。
 はあ、と吐いた息が白く霧散した。
 目の前のパーキングメーターに玲司さんの車が止まっていた。
 けれどすぐ乗る気にならない私は、玲司さんを誘って路地を歩く。
 やがて見つけた、ビル街のまんなかにぽつりとある小さな公園に、誘い合わせたわけでもないのになんとなく進む。
 ベンチのほかは、幼児用のブランコがおいてあるだけの猫の額みたいな公園だった。

「辛い役目を任せてすまなかった」

 ならんでベンチに座り、玲司さんが絞り出すようにな声で言った。

「いえ」
「新原にはありとあらゆる責任をとらせる。それで君の心が晴れるとは思えないが……」

 私は首を振る。そうして笑った。

「こういうのって、あとで来るのかもしれないです。いまは……どこか麻痺しているみたいで」
「そうか」

 玲司さんは辛そうに眉を寄せる。あなたが悲しむ必要はないと思うのに。
 そう思ってにっこりと笑ってみせた。玲司さんはふ、と白い息を吐く。

「もし君が泣くのなら、そのときは俺のそばで泣いてくれ――君のハンカチ代わりになれるのなら光栄なんだ」

 私はふっと噴出して笑う。
 そう、以前もそう言ってくれたことがあった。

「じゃあ、たくさん泣きます。いっぱい泣いて、泣いて、すっきりしたら――頑張ったなと褒めてくれませんか」
「そんなことでいいのか」
「はい。私にとって、それが、玲司さんから褒めてもらえることが一番のご褒美です」
「いくらでも」

 玲司さんはしっかりと頷く。

「いつまでだって、褒めてやる」
「ありがとうございます」

 そう伝えて、また空を見た。
 冬の夜空は、あの夏の空とは違いすぎる。
 なのにどうしてだろう、忘れたはずの欲求が悔しいと訴えている。
 月を仰ぐ。
 ビル明かりに負けず、真っ白に輝く月だった。

「……ほんのすこしだけ、全力で走れないのが悲しいです」

 そう言った私を玲司さんが抱きしめた。
 もう涙はでなかったけれど、ただ彼の鼓動を聞いていた。玲司さんが私のことを心配してくれているのが伝わってくる。
 私の背を支える手が震えていた。私は彼の背中を撫でる。

「玲司さん、ありがとうございます。知らせることを選んでくれて」
「俺は後悔してる。やっぱり泣かせた。君を巻き込むべきじゃなかった」
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