無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
「じゃあとりあえず、打ち合わせ通り“爽やか”にいこうか」
(さ、爽やかぁ⁉︎)
桂木の言葉を聞いて、咲子はあからさまに驚愕した顔をした。
朝に現場入りしてから今まで、“爽やか”とはかけ離れた雰囲気の匠。
その要求は、彼にとってかなりハードルが高いものなのでは?と咲子は思った。
だけど、昨日の打ち合わせの時点でそういう話になっていたのなら、本人も承知の上。
不安を抱えながら咲子が見守っていると、やがて撮影スタジオの空気が一転する。
カメラの前に立つ匠の瞳が色を変え、突然花が開花したように微笑んだのだ。
「っ……⁉︎」
思わず息を止めて一切の身動きを封じられた咲子の視線は、匠に釘付けとなる。
切れ長な目は優しく瞬きを繰り返し、口角をあげては白い歯をチラリと見せた。
これが人気モデル。いや、プロ意識の高いモデルとしての、匠の真の姿のような気がした。
桂木は「良いよ良いよ」と褒めながら、別アングルからの撮影を繰り返す。
それを見守る沢田もスタイリストも、すでに心を射抜かれたようにとろけ顔を浮かべていた。
(すごい、さっきとは全くの別人だ……)
あまりの変貌ぶりに、咲子の心臓も高鳴っていた。
桂木が撮影したデータは、リアルタイムで咲子の目の前にあるノートパソコンに転送される。
画面を見ながら、しっかり転送されているかチェックしないといけない咲子。
だけど、その視線は実物の匠を向いたまま、あまりのギャップに感動すら覚えていた。
咲子がフォトグラファーになる夢を追いかける理由が、目の前にあったから。