無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



『いつか“心”を映し出せるフォトグラファーになりたい』

 怒っていた人が恥じらったり、泣いていた人が笑顔になったり。
 レンズを向けて顔を作る人もいれば、嫌がって顔を背ける人もいる。
 それは、気ままに散歩をしている野良猫も、道端に咲く一輪の花も同様だった。
 そのすべてが今しかおさめることのできない素直な心の瞬間と思って、咲子は毎回シャッターを切る。
 一瞬一瞬の、奇跡のような一枚に出会うために。
 だから雪島匠のように、あっと驚くような表現ができる人物は、咲子にとって魂を揺さぶられる対象なのだ。
 どれが本当の匠の姿なのか、その素顔を、心を写真に収めたい衝動に駆られる。


(いつか私も、匠さんを撮ってみたいなぁ……!)


 そんなふうに考えてしまった咲子だけれど、カメラアシスタントの自分が人気モデルの匠を撮影できる日は遠い。
 独り立ちした先の、もっともっと未来の話。
 その頃にはますます手の届かない地位に行ってしまいそうな匠に、咲子は半ば諦めモードの笑みを浮かべた。
 すると背後から突然、あの沢田がこっそり話しかけてきた。


「あの笑顔、本当に素敵ですよね〜」
「え?」
「クールで気怠けな匠さんのあんな笑顔みたら、誰だって好きになっちゃいますよね?」


 言いながら含み笑いする沢田が、咲子の顔を覗き込む。
 そう見えたのなら、間違いだと教えてあげないとあとで面倒だ。
 誤解を解こうとした咲子が、苦笑いで対応しようとした時。


「ま、あなたみたいな平凡な子。そもそも匠さんが眼中にないだろうから大丈夫だけど」
「……そっ、そうですよ」


 沢田の辛辣な一言に、咲子はふわっと無理に微笑む。
 そして、心にダメージを一切受けていないように装った。
 その反応を見た沢田は、勝ち誇ったように鼻で笑うと颯爽とその場を離れていく。
 一人になった咲子が、ようやくノートパソコンの画面に視線を落とした。
 今のは確実に喧嘩を売られたけれど、反論できないほどにすべてが正解だった。
 匠が咲子に興味がないことは、先ほどの初対面の挨拶時にすでに察している。
 そして、自分が平凡であることも、咲子は重々承知していた。


(……はあ、息苦しいなぁ……)


 大好きなカメラの仕事に携わりたくて、ここにいる咲子。
 だけど、アシスタント歴四年目を迎えた今も、現場の息苦しさは度々感じていた。



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