無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
咲子たちが飲み会に合流して、さらに一時間ほどが経った。
隣に座っていた編集部の男性スタッフと適当に話していた咲子は、相槌を打つのに疲れていた。
決して得意ではないビールを、無理のないペースで飲み進め、愛想よく笑うことを心がける。
その時、隣に座っていた先輩の桂木が咲子に声をかけた。
「長戸、タバコ買ってきてくれ」
「えー……、わかりました……」
業務とは関係ない内容の指示が、桂木から飛んできた。
こんなことは日常茶飯事だった咲子は、少々面倒だと思いつつも席を立とうとする。
すると、そのやりとりを聞いた真中が席を立ち、鬼の形相で桂木にビシッと指差した。
「ちょっと桂木! 咲子ちゃんをパシリに使うんじゃない!」
「うるさいなぁ、タバコくらいいいだろ」
「だったら自分で買ってこいっ」
さすが大学の同期。今この場にいるスタッフの中では、一番の年長組の二人だった。
それが周囲を気にすることなく言い争っているので、咲子は慌てて真中を宥める。
「あああの、私ちょうど外の空気吸いたかったので大丈夫です!」
「咲子ちゃん⁉︎ でも――!」
「ちょっとコンビニ行ってきますね!」
咲子がそう言うと、自分のリュックを抱えてそそくさと個室を出た。
引き戸をピシャリと閉めて、ふうとため息をつきながら階段をゆっくりと下っていく。
外の空気を吸いたかったのは本当だったが、もう一つ咲子の心を曇らせるものがあった。
(雪島さんと、話せたらいいんだけどな……)
それは、あの匠を撮ってみたい欲があるのに、遠くから眺めていることしかできない自分の立場。
人気モデルだから、カメラアシスタントの自分が簡単に撮影できる相手じゃないのは理解している。
だけど、他のスタッフが欲望のままに匠へ寄り添っている場面を見ていると、少し妬けてしまった。
(……はあ、こんな気持ちは無意味なのに)
身の程を知れと自分に言い聞かせて、咲子が階段の踊り場に足を置いたその時――。