無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



 すると沢田の怒りの矛先が、今度は匠に密着している咲子へと向けられる。


「あんたも、さっさと離れなさいよ!」
「っ……ご、ごめんなさい! これは――」
「匠さんは誰の好意にも応えられないの! わかったでしょ!」


 二人が密着していたのは、階段から落ちかけた自分を匠が助けようとしてくれたから。
 そんな事情があってのことなんだと、早く説明したかった咲子。
 しかし遮るように沢田の言葉が被せられ、誤解を解くのは難しいと悟った。
 今はとにかく匠から離れようと、掴んでいた袖を手放す。
 ――が、なぜだか匠は咲子が離れていくのを許さなかった。


「……それは違う」


 そう答えると、咲子を支えていた腕に力を込めて、さらにきつく抱き寄せられた。
 まるで沢田を挑発するような行為に、咲子は青ざめながら目を瞠る。
 そして、決定的な言葉を口にした。


「俺が、応えてもらいたい側だから」
(はっ……はい⁉︎)


 唖然とする咲子と沢田。
 しかし匠は、その空気をもろともせず咲子の手を取り、階段を駆け下りていく。
 二人が店を飛び出すと、辺りはすっかり日が暮れて夜の街に姿を変えていた。
 行き交う人たちもちらほらいて、それらにぶつからないように歩く、先頭の匠。
 ここから一番近いコンビニを目指して進む中、ようやく正気を取り戻した咲子が匠を呼び止める。


「あ、あの……待って、雪島さん!」


 すると、返事はないまま歩みを止めた匠は、ゆっくりと咲子の手を離した。
 そして何食わぬ顔で「何?」と言いながら振り返る。
 路頭のネオンを背にした、高身長の人気モデルを前に、一瞬見惚れてしまいそうになった咲子。
 しかし、ここははっきりと言わせていただきたいと、気持ちを強く持つ。


「……あんな牽制の仕方は、良くないと思います」
「牽制?」
「さっきのは事故だったと事実を説明してもらわないと、トラブルの元にもなりますし」


 あの場面をやり過ごすためとはいえ、『応えてもらいたい側だから』なんて冗談は、咲子にも影響を及ぼす返答だ。
 きっと、先ほどの沢田は咲子と匠の関係を誤解してしまうだろう。
 このままでは、桂木のタバコを買ったとしても、再び飲みの場に戻るのは非常に気まずい。
 困惑した表情の咲子に、匠が不安げに顔を覗き込んできた。


< 17 / 40 >

この作品をシェア

pagetop