無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



「……もしかして、あの飲み会の中に気になる人でもいた?」
「え⁉︎ いいえ、そういうんじゃないですけど……」


 彫刻のように目鼻立ちのくっきりとした顔が、ぐんと近づいてきた。
 それに驚く咲子が、大げさに両手を振って否定する。
 すると、なぜかその言葉を聞いた匠が口元を隠し、安心したように表情を和らげた。


「なんだ。良かった」
(よ、良かった……? 良かったとはいったい⁉︎)


 匠の色んな感情が少しだけ見えてきた気がして、咲子の心臓かトクンと音を立てる。
 目の前の匠の反応も、店から続いている謎の言動も、いちいち咲子を惑わせた。
 これが匠マジックだと気づかされた咲子は、自分にも徐々に効果が現れていることを懸念した。
 その時、付近にいた短いスカートを履く女性二人組が、こちらをチラチラと見ている。


「え……うそ、本物?」
「間違いないって。さっきあの女の人、名前呼んでたもん。“雪島”って」


 微かに聞こえてきた会話が、咲子の心臓を縮ませた。
 匠の正体がバレてしまった。それもこんな街中で、周囲を気にせず名前を呼んでしまった自分のせいで。
 申し訳なく思いながらも、緊急事態を知らせようと咲子は匠の顔を見上げる。
 すると、少しだけ考える素振りを見せた匠が、突然咲子に耳打ちしてきた。


「走るよ」
「っへ?」


 次の瞬間、咲子の手を握った匠がコンビニとは真逆の路地裏を走り出した。


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