無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



 引っ張られるままに咲子もついていくけれど、どこに向かっているかはもちろんわからない。
 背後では、匠の正体に気づいた女性たちの「あ、逃げた!」という声が聞こえてきた。
 だけど、二人を追いかけてくる様子はない。
 あっさりと路地裏を抜け出して、咲子が胸を撫で下ろしている。
 そして先ほどよりも人通りの少ない歩道を歩きながら、匠がため息をつく。


「これじゃ、飲み会の店には戻れそうにないな」
「すみません。私のせいで……」


 この後、店の付近で見張られる可能性を考え、匠がポツリと呟いた。
 それに対して咲子が謝ると、匠は不意に優しい笑みを浮かべる。
 撮影のときとはまた違った、人を安堵させるような柔らかい微笑み。
 匠が怒ってはいないことが伝わった咲子だったが、同時に――。


(……っ今の笑顔は、人を惚れさせる威力を持つ笑顔だ……!)


 いつにも増して、心臓の音がうるさいことを自覚した咲子は、そう強く思った。
 そんな中、匠は咲子の手を繋いだまま、どこかへ向かってゆっくりと歩き出す。


「俺にとっては好都合だよ。このまま二人で飲み会抜け出そうか」
「……え⁉︎ いや、私は桂木さんのタバコを――」
「そんなの無視していいよ、アシスタントの仕事じゃないんだし。それより、秘密の場所教えてあげる」


 そう言って、人気モデルが妖しく微笑み、自分を連れ去ろうとしている。
 その受け入れ難い現実に、咲子は愕然としたまま匠に手を引かれ、夜の街の奥へと進んだ。



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