無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



  ***

 一年前、初夏コーデの特集の雑誌撮影が行われていた、都内の小さな撮影スタジオ。
 そこに見学に訪れていたのは、モデル活動開始前の、世間からはまだ認知されていない頃の匠だった。
 スタジオの隅で、これから開始される撮影の雰囲気を味わうため、真中に無理矢理連れてこられた。
 すると――。


「ここ、コードあるのでお気をつけくださーい!」
「っは、はい……」


 足を引っ掛けて転倒しないように、匠に声をかけてきた一人の女性。
 まさにそれが、アシスタント三年目として桂木のサポートをする咲子だった。
 しかし、会話と言えるほどでもない接触が、ほんの一瞬あっただけで、咲子は直ぐに別の場所へと走り去ってしまう。
 そして、無精髭を生やしたフォトグラファーの元へと行き、何か怒られているのか何度も頭を下げている。
 人使いの荒そうなフォトグラファーにも従順で、機材を抱えながらあちこちと走り回っている。
 そんな一生懸命な咲子の働く姿は、他人にあまり興味がなかった匠の心を突き動かした。


「真中さん、あの女性は?」
「ああ、あの子は桂木の事務所のアシスタントよ。いつかフォトグラファーのプロになるため勉強中なの」
「アシスタント……」


 その質問を聞いた真中は、この時の匠はカメラアシスタントという職種に興味を持ったのだと思っていた。
 しかし本当は、咲子そのものに興味が湧いていた匠。
 いつか、一緒に仕事ができたら――その思いは一年後の本日、ようやく叶ったわけだが。
 同時に、一年前と変わらず重い荷物を運び、懸命に仕事に取り組む咲子の姿に、匠の胸は一気に昂まった。
 それが好意からくるものだと自覚し、今こうして咲子と抜け出すことに成功する。



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