無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



 すると、タイミングよく匠の瞼がピクリと動いた。


「ん……咲子、おはよ」
「お、おはようございます。……匠さん」


 寝起きのふわふわした甘い声で、咲子の名前を囁いた匠。
 それに応える咲子もまた、匠の名前をそっと呼ぶ。
 実は寝落ちする前に、二人は名前で呼び合うことを約束していた。
 とはいっても匠は三つ年上なので、せめて“さん”をつけることは許された咲子だが。
 男性を下の名前で呼ぶことに慣れていなくて、特別感と緊張感を同時に味わっていた。
 それと、もう一つ――。


「……敬語もなくていいよって」
「そ、そうでした……それは追々ということで」


 少しだけ口を尖らせて物悲しそうに話す匠に、咲子は眉を八の字にして応えた。
 早く壁を無くしたい匠だけれど、礼儀正しい咲子には少し難しい提案だとも重々承知している。
 だから、咲子の困った表情を見て胸の奥をきゅっと鳴らした匠は、柔らかく微笑んですぐに許してしまう。


「いいよ。慣れるまで待ってる」


 それを聞いて、咲子もほっと胸を撫で下ろし、笑顔を咲かせた。
 二人の心の距離は一夜にして一気に近づいたと、お互いが感じられている。
 すっかり二人の世界と思いきや、咲子はある人物の不在にようやく気がついた。


「あれ、そういえば和也さんは?」
「閉店時間の二時に帰ったよ。俺に戸締り託して」
「え⁉︎」


 ということは、現在はすでに二時を過ぎている。
 咲子が慌てて腕時計を確認すると、時刻は朝の五時を指し示していた。
 その事実に、咲子は愕然とする。


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