無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
「嘘! もう朝! 匠さんごめんなさい!」
つい大きな声を出してしまった咲子が、匠に謝罪した。
優しい二人のことだから、閉店時間になっても起きない自分を、そっとしておいてくれたのだろうと思った咲子。
その結果、匠が戸締りを約束することで和也は先に帰り。
咲子が目を覚ますまで、匠がただただだ待っていてくれていたのだと推測する。
一夜にして、多方面に迷惑をかけてしまった。
咲子が居た堪れない気持ちを抱いていると、匠は軽く笑い声を漏らして宥めた。
「全然。咲子の可愛い寝顔眺められたし、俺もいつの間にか寝てたから」
「っ⁉︎ かわっ……眺めなくていいですっ」
顔の前で腕をクロスして、今更隠す咲子は耳まで赤くしていた。
ヨダレは垂れてなかっただろうか、白目は向いていなかっただろうか。
もしもそんな醜い寝顔を晒していたら、せっかくの匠の好意は今地の底まで落ちているだろう。
咲子が不安でいっぱいになっていると、匠はそっと手を伸ばしてきた。
「っ……え?」
それが頬に触れた一瞬、静寂に包まれて、物欲しげな匠の瞳が咲子を支配する。
そして徐々に顔が近づいてきたような気がして、直感的にキスされると思った咲子。
まだ匠の気持ちを受け入れていないうちに、そんな出来事が起こるなんて思ってもみなかった。
咲子は咄嗟に表情を強張らせると、それを察した匠は我に返ったように動きを止めて目尻を下げる。
「……腕時計の跡が頬についてる」
「な……⁉︎」
そう指摘されて、羞恥心でいっぱいの咲子が頬を何度も触る。
ただ、匠にはそんな跡など見えていない。
咲子の反応がいちいち可愛くて、つい本能的に頬に触れてしまった。
けれど、咲子の表情が強張ったのを見て、匠は何とか理性を取り戻す。
行き場のない感情を誤魔化すために、匠は“跡がついてる”と嘘をついた。
「咲子、体調は大丈夫そう?」
「はい。たっぷり寝かせていただきました……」
「じゃあ、水飲んだら店出ようか」
和也から預かった店の鍵を翳して、匠が微笑む。
しかし、咲子にはその笑みが少しだけ寂しげにも見えてしまった。
そして……同じく咲子の心の中にも、これでお別れだという寂しい気持ちが沸々と湧いてきた。