無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
バーを出ると、朝の五時を過ぎた街はすっかり黎明の光を浴びていた。
夜の街を照らしていたネオンはオフになり、早起きのスズメの囀りがあちこちから聞こえる。
そんな中、咲子が朝空に両腕を伸ばして深呼吸した。
「はー! 気持ちいい」
なんだが解放的な気持ちになって、自然と表情筋が緩んでしまう。
店を施錠したばかりの匠は、その後ろ姿を微笑ましく見守りながら尋ねた。
「咲子は電車?」
「はい。もう始発も動いているので。匠さんは?」
「俺は和也に鍵返しに行くから、タクシーかな」
ということは、ここでお別れになる。
咲子がそう察した途端、清々しいはずの朝の空気に寂しい匂いを感じた。
この感情はきっと、匠を人として好きであることの証拠。
そう思う反面、やはり匠が自分に好意があるうちは、思わせぶりな言動は慎まなければならなくて。
匠と沢田の関係のように、誤解が生じて亀裂が入ってしまうことは避けたい。
(……でも、また匠さんには会いたい)
もっと“雪島匠”という人間を知りたいと願う咲子。
けれど、自信を持って匠の隣を歩けるまでには至っていない。
だから、そうなるための約束を匠に聞いてほしいと思って、咲子が静かに挙手をした。
「……あの、一つお願いしてもいいですか?」
尋ねると、匠は軽く首を傾げながら咲子の続く言葉を静かに待った。
何を言われるのか少しだけ緊張しつつも、その心は心地よく高鳴りを覚える。
「私が、いつかプロのフォトグラファーになる夢を叶えたら……」
「うん?」
「一番に、匠さんを撮らせてくれませんか?」
それは、昨日の撮影開始直後から、咲子がずっと思っていた願いだった。