無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
カメラアシスタントの修行は、残り一年。
その期間を無事経て、プロのフォトグラファーを名乗れるようになったら……。
一番最初の被写体は――雪島匠のありのままの“心”を撮らせてほしい。
そして――。
(その心を映し出せた時、私の気持ちも見えてくるかもしれない)
レンズ越しの方がより理解を深められる、咲子らしい発想。
それが現時点で咲子が匠へ届けられる、唯一の思いだった。
真剣な眼差しを向けられた匠は、咲子がなぜそんな願いを口にしたのかという、その真意までは分からなかった。
それでも、想いを寄せる咲子と未来の約束を交わせたこと自体に、喜びを感じていた。
「……うん、いいよ」
「良かった。ありがとうございます」
安堵の表情を浮かべる咲子が、胸を押さえてホッとため息をつく。
その健気な姿に、匠の気持ちが逸ったのはいうまでもない。
「なんなら今すぐに――」
「あ、いえいえ! プロでもないのに匠さんを撮るわけにはいきません!」
言いかけた匠の提案を、咲子が慌てて被せてきた。
カメラアシスタントの自分が、大人気モデルの匠を撮ること自体に抵抗がある。
そんな咲子に、匠は感心しながら口元を緩ませた。
「真面目だな、咲子は……」
そうして近づいていく匠は、熱を帯びた眼差しを咲子に向ける。
高い位置から降り注がれる視線に、咲子もドキリと胸を鳴らした。
すると徐々に匠の鼻先が近づいてきて、咲子の顔に影が落ちる。
まだはっきりとした告白への返事をしていないのに、まさかのキス⁉︎と心臓が飛び出そうになった。
が、そんなことは承知している匠の唇は――咲子の額に軽く触れるのみで終わった。
そして、ガチガチに身構えていた咲子に向かって、匠は微笑みながら声をかける。
「本物のキスはもう少し取っておくよ。だから咲子……」
“早く俺を好きになれよ”
そう甘く囁いて、手を振りながらその場で別れた匠は――。
翌日、突然モデルの世界から引退することを発表した。