無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
『私もびっくりよ。この前の撮影が実質最後となってしまったわね』
匠と親密な一夜を共にしてから、一週間が経った頃。
咲子は桂木事務所の自分のデスクで、雑誌編集長の真中と通話をしていた。
そこで、真中自身も匠のモデル引退は寝耳に水だったことを知る。
『飲み会の途中でこっそり抜け出した咲子ちゃんも、引退のことは知らなかったか〜』
「真中さん、誤解しないでくださいね。匠さんとは本当にお友達になったばかりで……」
『世の中にはいろんな“お友達”がいるのよー?』
からかいまじりに話す真中に、咲子も困惑しっぱなしだった。
匠に告白はされたものの、あの日は連絡先の交換をすっかり忘れたまま別れた二人。
その翌日には、どういうわけか人気絶頂の匠がモデル界を引退すると発表されたのだ。
「匠くんに連絡しても返信ないし。本当にどうしちゃったのかしら」
「……そうですか……」
(匠さん、引退するような感じには見えなかったのに……)
仕事上、匠の連絡先を知っていた真中も、引退発表後は返信がないことをぼやいている。
いつどこで、なぜ彼がそんな決断をしたのか。
尋ねる術のない咲子は、匠のことをまだ何もわかっていなかったと現実を突きつけた思いでいた。
バーで夜通しお酒を交わし、夜明けを迎え、控えめではあったけれど額にキスをしてくれたのに。
二人の間で結んだ約束を叶える前に、匠は引退してしまった。