無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
第四章
そうして一年後。
春の日差しが気持ち良い正午。
桂木事務所の近所にある喫茶店で、咲子と桂木が向かい合って座っていた。
目の前のテーブルには、何枚かの書類とホットコーヒーが二つ置かれている。
大学を卒業してからの五年間。
カメラアシスタントとして桂木の元で修行をしていた咲子は、晴れて独立の日を迎えた。
プロのフォトグラファーとして、本日より始動する。
「これは俺がお世話になっているスタジオの一覧」
「え?」
「こっちはお得意さんの名前一覧」
言いながら、一枚ずつ紙を差し出す桂木。
そこには、桂木と共に仕事をしたときに出会った、見覚えのある名前がいくつもあった。
中には、桂木の大学同期で雑誌編集長の真中の名前と連絡先の記載も含まれている。
しかし、咲子は少し戸惑っていた。
「あ、あの桂木さん? これは一体……」
「なんだよ。フォトグラファーとして独り立ちしてもすぐに仕事なんてねぇんだぞ?」
「それはわかってますよ。だからこれから挨拶回りを……」
改めて独立した自分を売り込むために、各方面への挨拶は欠かせない。
そう思っていた咲子に、桂木は眉根を寄せてふんぞり返る。
「だーかーら、それは俺がもうやってるから」
「……え?」
桂木は咥えていたタバコに火をつけると、紫煙を吐いた。
そして、キョトンとした顔のまま固まる咲子に、面倒そうに説明をはじめる。
「一応、長戸は俺の一番弟子だからな。師匠として挨拶回るのは当然だろ」
「……桂木さん……」
「お前の連絡先と、事前に用意していたホームページは知らせておいた」
独り立ちする咲子が、今後困らないように。
そんな思いで、事前に「長戸をよろしくお願いします」と各方面に回っていた桂木。
真実を聞かされた咲子は、あの桂木が自分のために行動してくれていたことに、感動を覚える。