無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く



「わ、私……桂木さんの元でアシスタントできて良かったです……」
「……うるせー、反面教師にしてたくせに」
「それは……はい、そうですね」


 否定しなかった咲子を睨みつけた桂木だったが、その後どちらからともなく笑みがこぼれた。
 人使いが荒く、叱られることも多かった咲子。
 しかしそうしていたのは、独り立ちしてからの方が過酷であることを教えるためだと今ならわかる。
 だから、そばに置き最後まで指導してくれた桂木には、感謝してもし尽くせない。


「五年間ありがとうございました。人手が必要なときは、いつでも桂木さんの元に駆けつけますから」
「んなこと気にすんな。お前は自分が依頼された仕事を一番に考えろ」


 そう言って、桂木は短くなったタバコを灰皿に押しつぶした。
 そして伝票を持って席を立つと、最後に咲子に向けて声をかける。


「こんな俺の元で五年も頑張ったんだ。お前は辛抱強い、良いフォトグラファーになるよ」


 そうして背を向けた桂木は、会計を済ませて喫茶店をあとにした。
 その後ろ姿を見送りながら、桂木の言葉の余韻に浸る咲子。
 兎にも角にも、今後はプロのフォトグラファーとして仕事をしなくてはならない。
 厳しい世界であることは百も承知だけれど、咲子は楽しみで仕方がなかった。
 ただ、残念なのは――。


(……匠さんを、一番に撮れないことだ)


 あれ以来、匠とは一切の連絡も対面もない。
 結局、モデル界から姿を消した匠が、今どこで何をしているのか。
 咲子には見当もつかないままだった。
 夢を叶えた咲子が、一番に匠を撮るという約束は叶わない。
 ただ、どこかで元気でいてくれるならと、咲子は毎日思いを馳せていた。
 ピコン!
 そのとき、仕事用のスマホに一通のメールが届く。
 早速、撮影の依頼が来たのかと驚く咲子が、メールボタンをタップする。


「……っ⁉︎」


 その文面を読んで、咲子の鼓動が一気に高鳴った。
 すぐにカメラが入ったリュックを抱えて、喫茶店を出た咲子が向かった先は――。
 都内にある、有名な繊維会社の本社だった。



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