無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
「この会社は父が経営していたんだ。だけど一年前に病に倒れてしまって、急遽俺が社長代理として就くことに」
初めて聞いた話は、噂に聞いていた内容も含まれていた。
匠は正真正銘の御曹司だったこと。そして今は、代理で社長を担うほどの人物だったのだ。
「モデルの仕事も、はじめは父の提案だったんだ」
「え、そうだったんですか」
「ここの社員として勤めていた俺を、衣装の勉強だとか現場を見てこいとか理由をつけて……」
言いながら匠は苦笑いをするも、それが本当なら匠のお父さんに感謝しなければと咲子は思った。
モデルの仕事をしていた匠は、才能に溢れた表情と眼差しを持ち、人々を魅了する唯一無二の存在にまでなっていた。
それに、咲子と匠が出会えたきっかけでもあるから。
「やるからには一生懸命モデルの仕事をしたつもりだけど、状況が一変して急に辞めること……」
「そう、でしたか……」
「連絡手段を探る時間もなく、咲子には本当に心配をかけたと思う」
社長代理として突然仕事内容がガラリと変わった匠は、この一年は本当に忙しかったと話す。
全国の支社を回り、海外にある工場にも視察に行ったという。
繊維協会への会合やパーティにも参加して、会社の信頼を損ねないように振る舞った。
いずれは継ぐつもりであったにしても、突然すぎる社長代理という大役を担った匠。
きっと目の前のことで精一杯だったことが、咲子は容易に想像できた。
「……大変、だったんですね」
「俺の力量が足りないばかりに……本当にごめん」
匠が頭を下げながら、咲子の手を握る。
そこから伝わるのは、一年間匠が抱えていた後悔の念。
それに胸を痛めた咲子は、首を横に振って答えた。
「謝らないでください。何か事情があるとは思っていたので、今はホッとしています。ただ……」
咲子が口にするのを躊躇うような素振りを見せたので、匠は「正直に言って」と優しく声をかけた。
そして、今の匠の気持ちを確かめたかった咲子が、勇気を振り絞って言葉にする。