無自覚な大人気モデルは、私だけに本気の愛を囁く
幹線道路から一本細い道に入り、閑静な住宅街の中を走る車。
そして三階建ての白い壁の建物が見えてくると、目の前の専用駐車場に停車した。
「着いたな、荷物おろせー」
「はい!」
助手席から颯爽と下りた咲子は、バックドアを開けて機材道具が入った二つのアルミケースを道路脇に置く。
桂木も運転席から下りて空に向かい軽く腕を伸ばしたのち、車のリモコンキーを咲子に投げ渡した。
「施錠よろしく。荷物は落とすなよ」
「わ、わかりました」
桂木は貴重品のみが入った自分のリュックのみを背負い、一階部分の撮影スタジオに入っていく。
なので、この重たいアルミケースは必然的に咲子一人が運ぶことに。
一つ持ってくれてもいいのに。と咲子はいつも思っているが、アシスタントの仕事と言われるのがオチだ。
先に車を施錠して自分のリュックを背負い、最後にアルミケースの取手を掴んで持ちあげた、その時。
右側だけが何の重力も感じなくなり、咲子は不思議そうな表情の顔を上げる。
すると、咲子の右手に持たれたアルミケースを、共に持つ高身長の男性がいた。
(ゆ、雪島さん⁉︎)
その正体が先ほどの車内で、印象の良くない話を聞いたばかりの雪島匠だった。
驚いた咲子は、心臓が止まりそうな感覚に陥り身動きを封じられた。
そんなことになっているとも知らない匠は、無表情のまま少し気怠そうな雰囲気を纏っている。
しかし、ライトグレーのシャツに黒のパンツというシンプルな装いが、彼の顔の良さを強調していた。
そして、荷物を持ったままの匠が、咲子に声をかけた。
「……これ、今日の撮影の荷物?」
「へ⁉︎ あ、はい」
「いいよ、俺が運ぶ」
そうして匠は、さらにもう一つのアルミケースも咲子の手から奪っていった。
咲子が持つはずだった二つのアルミケースを、匠が両手に持っている。
その親切心に感動を覚えていた咲子だけれど、それはすぐに申し訳ない気持ちにかき消された。
人気モデルに荷物持ちなんて、桂木に知られたらまた叱られると思った。
「あの、大丈夫です! 私の仕事なので……」
「それより、ドア開けて」
「えっ、あ……はい」
手が塞がっている匠は、スタジオのドアを開けて欲しいと咲子に頼む。
荷物を取り返すはずだった咲子は、慌ててドアノブに手を伸ばした。
洋風デザインだけど、重厚感のある木製のドアを開け、先に匠をスタジオ入りさせようと進路を譲る。
すると咲子を横切る途中で急に立ち止まった匠が、ゆっくりと顔を向けた。
「いつも、こんな重いの持ってるの?」
「え、はい……?」
「……そう」
とだけ会話を交わすと、匠はようやくスタジオに入っていく。
今のは何の確認だったのだろうと疑問に思いながら、咲子も急いで後を追った。