神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
《七》期限付き花嫁と恋仲の演技
《七》
黙っていれば美形の従者が、本来の姿であろう獣の耳を生やし赤い瞳に戻ったかと思えば、自らが生みだした『水の龍』を残し、こつ然と消え失せた。
(ここって……いろんなモノが突然 現れたり消えたりするわよね……)
異世界であるという“陽ノ元”に来て、はや三日目の朝。
瞳子は、未だ慣れることのない不可思議な現象に、知らず知らずのうちに溜息をつく。
「瞳子。高いところは得意か?」
「…………え?」
まるで、いつも世話をしている家畜を扱うがごとく、半透明の『水の龍』の背をなでながらセキが瞳子を見た。
「高いところ……、平気、かな?」
「馬に乗ったことは?」
「ない、けど……」
これから向かう萩原家は、ここ“上総ノ国”と隣国とはいえ、“下総ノ国”の外れに位置するという。
『タクシー』が『卓子』に変換されてしまうような世界だ。当然、移動手段は限られるだろう。
乗用車は確実にない。おそらく、良くて馬車くらいではないか。
(せめて自転車……いや、あるわけないか……)