神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

《九》神獣としての『正しさ』よりも


      《九》

セキの挨拶に、無邪気に笑ってみせた母は、相変わらず浮き世離れした雰囲気で。
セキは、それが懐かしくもあり、同時に、哀しくもあった。

「虎太郎ね? また少し、大きくなりましたか?」

母のなかでの時の流れは、常に一定ではない。
特に、父が亡くなってからは、未来よりも過去に回帰しているように、思う。

一瞬、『虎太郎』に戻りかけたセキだが、力づけるように自らの手をにぎり返してくれた瞳子によって、ひるむことなく母に近づけた。

そうですね、と、彼女の悲しい言葉にうなずき、傍らの愛しい存在を紹介する。

「母上。今日は、私の大切な人を連れて参りました」
「まぁ……嬉しいこと。お名前は、なんとおっしゃるの?」
「あの。瞳子と、申します」

焦点の合わない目で話す母に気づいたのか、瞳子はためらいがちに片手を伸ばし、彼女の袖口に触れた。

それに気づいた母は、もう一方の手でたどるようにしてから瞳子の手の甲を押さえた。

「ふふ、瞳子さんね。わたくしは、由良(ゆら)
ねぇ、あちらで少し、女同士でお話をしませんこと?」
「ああ、ええと……」
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