神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
「瞳子」

呼びかけられ、また、つつまれる身体が火照(ほて)る。
セキの胸に顔を押しつけながら、自らの鼓動と共鳴する音を感じていると、かすかな笑い声が聞こえた。

「俺が、なぜ困るのかは、解ってくれたか?」
「私……」
「これを告げずに、瞳子とこの先へは進めない。だから、話しておく」

ふいにゆるむ優しい拘束に、仰向けば、愛しさだけでない感情を宿したセキの(おもて)が目に映る。

「瞳子が俺に真名を伝えたら、たやすく元の世界には戻れなくなる。それは、俺の心情はもちろんだが、そういう制約(きまり)があることも承知しておいてくれ」
「簡単に、戻れなくなるの……?」
「ああ。だから、瞳子の気持ちだけ、もらっておく」

名残り惜しむようにして、するりと瞳子の髪をなで、セキは瞳子の身を自由にした。
夜気が、やけに冷えて感じ、思わず身体が震える。それに気づいたらしいセキが、ちょっと笑った。

「寒いな。部屋まで送ろう」

さり気なくかけられたセキの(うちぎ)に、暖かさは感じても、瞳子の心は置いていかれたように、とまどってしまう。

「あの、セキ──」
「やれやれ。ようやく辿(たど)り着けました」

思わず告げかけた想いを、聞いたことのない(いや)な声音がさえぎった。
瞬時に、セキの腕のなかに囲われ、声のした方角から隠される。
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