神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
肆 たそかれの記憶
《一》赤い神獣に課せられたもの
《一》
後ろ髪をひかれる思いで瞳子に背を向け、黒髪の従者を睨めつけた。
「イチ。俺に言うべきことがあるだろう?」
「はい」
セキの言葉を真っ向から受け止め、イチが言った。
「瞳子サマとは『仲良く』なれましたか?」
「っ、おま……!」
自室へ向かう途中であろう瞳子の手前、懸命に、声を荒らげまいとしていた。そんなセキの心情を逆撫でする一言が返ってきたことに、憤りを隠せない。
イチのつまらない悪戯心によって、どれほどの気分の浮き沈みを味わったことか。
「まぁ、瞳子サマの最後のお声掛けが物語ってましたけどね。まったく……不甲斐ない」
私のお膳立てが無意味じゃないですか、などと、いけしゃあしゃあと言ってのける悪友に、今度こそセキは、つかみかかった。
できるだけ声をひそめたうえで、強い口調で責め立てる。
「お前っ……瞳子に肝心なことを言ってなかっただろう! 俺に真名を伝えたら、元の世界に容易く戻れなくなるって!」
「は? そこ重要か? 容易くなくとも戻れなくはないんだから、いいだろ?
知らん振りして食っておけば良かったのに」
「──殺すぞ」
「わーっ、瞳子サマ、助けてー」
聞き捨てならない悪友の暴言に禍言を返せば、棒読みの小芝居をされ、さすがにセキも脱力感に襲われた。