神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
瞳子の話によれば、白狼と彼女が過ごした時はわずか数刻足らず。
しかし、そこにある執着ともいえる強い眼差しに、セキは思わず彼の視線を妨げるように瞳子との間に立ち、背を向けた。

(まぁ、オレも瞳子にひとめ()れだったしな)

過ごした時と恋慕の情の深さは、一概に比例はしないだろう。それでも、なんとなく面白くない気分で瞳子を見下ろした。

ふと、そのそで口の汚れに気づく。

「瞳子、それは……」
「あっ」

瞳子がまとう緋色の小袖。
あまり目立たないながらも、そのそで口に血痕らしきわずかな染みがあった。白狼の返り血だろう。

「そのままではいけないね。天女様にはお召替えが必要のようだ」

背後から忍び寄るようにして、輝玄が声をかけてきた。

「──竜姫(たつひめ)乙姫(おとひめ)

驚くセキと瞳子の前に、童女がふたり現れる。
同じ顔かたちで髪型も一緒。違うのは、巫女装束である(はかま)の色が、紺と朱であるということ。

「天女様を控えの間へお連れして差し上げろ。終えられたら、広間へご案内するように」
「ハイ! 竜ヒメ、天女サマ『お連れ』スル!」
「乙ヒメは『ご案内』! 天女サマ、コッチ!」

両脇から腕をつかまれた瞳子が、セキを安心させるようにうなずいてから、童女の姿をした(あやかし)と連れ立って行く。
< 239 / 374 >

この作品をシェア

pagetop