神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
セキは、仕方なしに重い腰を上げる。信頼できる“花子(はなこ)”ではあるが、それでも今、瞳子の側を離れるのはつらい。

「……大丈夫ですよ、若」

そんなセキを見兼ねてか、桔梗の呼びかけが昔のものに戻った。そこに含まれる絶対の安心感。

「瞳子を頼む」
「何かあれば、すぐにお呼びいたします」
「ああ」

うなずいて、セキは黒髪の従者を隣室へとうながした。



「……まずは、確証が持てず、今このときまでお話せずにいたこと、深くおわび申し上げます」

イチにしてはめずらしく、心からの謝罪だということに気づきながらも、長年の付き合いからセキはぞんざいに応じた。

「続けろ」

言い置いて、(わん)の汁物をすする。温かいものが胃の()に落ちると、ささくれ立った心が(やわ)らいでいく気がした。

(不思議なものだな。“神獣”といえど、腹が減るのか)

自らを“神獣”であると認め『神』として生きると決めたのちも、『人』であった時とさほど変わらない。
『神』と『人』との境界線は何処にあるのだと、セキが頭の片隅で思ったその時。

「瞳子サマのお身体にきたした変調。
病やけがであれば、貴方のくちづけひとつで、たやすく治せるでしょうが──……って!
ナニ立ち上がってるんですか!」
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