神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
犬朗(けんろう)。その辺りにしておけ」

言った声の持ち主が、ようやくセキの前にまわり込み、姿を現した。

白い水干(すいかん)をまとった、黒い犬の獣人。先の赤い犬の獣人に比べると細身ではあるが、動きに無駄がないうえに隙もない。

「赤狼……様と申されたか。にわかには信じ難いが、その身をつつむ“気”は確かに神聖なもの。

それは認めるが、封じを為したとはいえ、その剣が我が“主”、ハク様を傷つけた過去を知らぬわけではあるまい?

剣を()いたまま目通り願うは、厚顔無恥と言わざるを得ないが、いかがか?」

(返す言葉がないな。やはり、剣は置いてくるべきだったな)

イチを瞳子の元に残すことを選んだ以上、セキ自身を護る盾となり、相対する者を()なす矛となりうる“神逐らいの剣”。

「私がお側に在れない以上、ソレは貴方に必要不可欠でしょう!」
と言う従者の正論に、抗う時間が惜しかったのが、正直なところだ。

「まったく(もっ)て、貴殿の指摘通りだな。事は荒立てたくはなかったのだが、俺の浅慮をわびる」

セキは、自らを戒めている(いかづち)の鎖を、強引に解いた───身内に宿る“神獣”の力を見せつけるように。

「お前っ……!」
「貴様、やはりっ……」
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