神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

《十》黒き神獣の『祝い』



潮風を頬に感じながら、セキは内心 不服に思いながらも、面には出さずにいるだろう犬貴(いぬき)に声をかける。

「……こんなことになってしまって、申し訳ない」

彼の力をふたたび借り、降り立ったのは、松林のなか。
セキの屋敷から離れ、神域と神域を隔てている“結界”から抜け出た場所だった。

時折、薄日が差すが、どちらかというと曇り空の午刻(ひる)すぎ。

「いえ、“(あるじ)”の(めい)は絶対の(ことわり)ですので。お気遣いなく」

その毅然(きぜん)とした返答に、セキの口からは思わず本音がこぼれ落ちた。

「咲耶様やハク様がうらやましい。貴殿のような立派な“眷属”を従えておられて」

───セキは、二度と瞳子が苦しまないようにするためには、彼女の首にある白い“神獣”の“(あかし)”を取り除くことが肝要ではないかと考えた。

“証”すなわち目に見える“神獣”とその“花嫁”の「絆」は、物理的除去はもちろんだが、その本質を無くすことが必要ではないのかと。

「絆」の破壊という、おそろしくも尊い力。それは、黒い神の獣とその(つい)となる者に宿る御力(みちから)だ。

そのため、この国───“上総ノ国”の黒い“神獣”を頼る結論に至ったのだが。
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