神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
「……参りましょうか」

告げた黒虎毛の犬の、セキを見る目が、優しい。彼の内にある想いと、セキの抱えたものが(ちか)しいものであることが、解る。

(そうか。犬貴殿と咲耶様たちの関係もまた、同じなのかもしれないな)

あえて口には出さないが、きっと、彼らの間柄もセキとイチの関係に通ずるものがあるのだろう。
その事により、犬貴がセキに対していだいていたであろう“主”としての不甲斐なさが、多少は緩和されたのかもしれない。

「イチ殿の話では、この先に、この国の黒い“神獣”様の領域があるはず───」

言いかけた犬貴の白い水干(すいかん)をまとった片方の前足が、セキの歩みを留める。何事かと問うか、否か。

セキの眼前に黒い(とばり)を思わすような濃い霧が立ちこめた。

「犬貴殿!」

とたん、その存在がかき消え、セキは声をあげ辺りに目を配る。しかし、視界を埋めつくすのは、墨でもまいたかのような霧だ。

(まさか、これは───)

「何しに来た?」

すぐそばで問う、くぐもった声音。不快さを隠そうともしないそれは、拒絶をも含む。

(間に合わなかったか!)

イチに、黒狼(こくろう)への先触れを頼んでおいたはずだが、咲耶たち同様、すれ違ってしまった可能性は否めない。
(はや)る気持ちに従い、ここまで来てしまったが。
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