神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
「ひょっとしたら……」

思案に沈むセキの前で、何か思いついたように言いかけたイチが、立ち上がる。

「ちょっと、猪子さまに会ってきます」
「……何か、名案が?」

期待を込めて見上げると、そんなセキを満足そうに見下ろし、にやりとイチが笑った。

「コタのその顔、久方ぶりに見たな。
……瞳子サマとの約束もあるし、お前たちに悪いようにはしないから、任せとけ」

言って、セキの前髪をぐしゃっとかき混ぜると、髪結いの“呪”をとき、本来の姿に戻った朔比古(さくひこ)は、目の前から消え去った。

「あいつ……」

セキは苦笑いしながら、鬱陶(うっとう)しく散った前髪を直す。

(若干、不安はあるが……)

イチの「任せとけ」で、解決しなかった問題はない。
ただ、そのほとんどが事後報告なので『虎太郎』は時に驚き、時に怒り、時に嘆いてきた。
そのどれも、最終的には感謝をすることにはなるのだが──。

(今回は、オレだけじゃない。瞳子の一生も絡んでいるしな)

頼むから悪ふざけだけはやめてくれ、と、セキは願いつつ。
イチこと朔比古の神としての立ち位置や性格上、それが自分たちにとって最良になるだろうことも、信じて疑わなかった。



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