神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
伍 いにしえの誓約
《一》返還の儀──つかの間の別れ
《一》
かがり火が焚かれた、広い屋敷の庭内。
その明るさがなければ人の顔すら判別が難しい闇夜───新月の晩であった。
「お支度は整いましたか?」
「うん。……変な、感じだけど」
いつもの青色の水干ではなく、白い狩衣姿のイチが、瞳子を振り返って確認する。
“陽ノ元”に来てから、はや十五日目の夜。
瞳子は、すっかり着慣れた赤い小袖と黒い筒袴ではなく、庭先に集まった者たちからすれば、おそらく異様な出で立ちをしていた。
白い長袖の内衣に緑色の胴着。同色のひざ丈の馬乗袴───それは、こちらに召喚された当時、瞳子が身にまとっていた制服だった。
「……随分と薄い布地で作られているな。お前がいた時代は、ひょっとして列強諸国の植民地にでも成り下がってしまったのか?」
「ああ……まぁ、百合子さんのいた時代からはいろいろあったので。一応、祖国の名誉のために、否定はしておきますね」
哀れむような百合子の眼差しに、瞳子は苦笑いを返した。
(改めて言われると、言語くらいしか日本特有のものって残ってないのかも)
衣・食・住とも、欧米化の一途をたどっている現代日本。百合子の指摘も、あながち的外れではないだろう。