神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
以前のイチの口振りからすれば“神獣”である彼の身体は、そう【やわく】はできていないだろう。
だからといって、痛くも苦しくもないはずもなかった。

「少し息苦しいが……まぁ、そのうち治まるだろ」

かすれる声音に、ケガの程度を気にかけた瞳子が口をひらきかけた、その時。

「感動の再会中、邪魔をして申し訳ありませんが」

イチを思わす厭味口調。だが、声色はあきらかに違う男性のもの。

第三者の存在に、瞳子は気恥ずかしさのあまり、セキの上から慌てふためきながら飛びのく。
見たことのない若い男───おそらく、瞳子とそう歳は違うまい───が、チタンフレームの眼鏡の奥、冷ややかな眼差しで瞳子たちを見ていた。

「場所を変えましょうか? ……説明はのちほどいたします」

丁寧な言葉遣いとは裏腹に、有無を言わせぬ素振りで、男が敷地内駐車場の方角へと歩きだす。

「瞳子サマが“陽ノ元(こちら)”に戻るための手段は、瞳子サマが【あちら】に還った際、しかるべき者がご案内いたしますので」

と、確かにイチは言っていた。

とまどったものの、辺りに飛び散った窓ガラスの破片に、瞳子は自分がやらかしたことを思いだす。
いくら杜撰(ずさん)なセキュリティとはいえ、警備員が駆けつけるのもさすがに時間の問題だろう。
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