神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
セキがその背中にかけた声も、果たして届いたのかどうか。

(に、しても)

着る物からしてこうも違うものか、と。セキは一葉が置いていったそれらと、先ほど身に着けた下穿(したば)きに目をやった。

(コレも窮屈だが、アレは窮屈以前に穿けなかったしな)

おまけに、布地の面積が狭い。こちらの衣服は身体の線を出すものが主流のようだとセキは感じた。

(瞳子も“陽ノ元”に来て、さぞとまどっただろうな)

着る物ひとつ取ってもこれなのだから。
知り合いも頼れる者もなく、おまけに“神獣”だの“花嫁”だのと言われれば、逃げ出したくなるのも道理だ。

(大人しく白狼殿の屋敷に留まっているような者でなくて、良かった)

だからこそ、あの日あの場所でセキは瞳子と出逢えたのだ。

「───赤狼様。今日はこのあと、どうされますか?」

昨日のことを思いだすうちに、心はまた瞳子を想い、知らず笑みを浮かべたセキに、一葉から声がかかった。

気づけば、煌はすでにどこかへ消えたようで、その行く先は一葉も知らないとのこと。
……【こちら】に来たヘビ神は、勝手気ままに過ごすのが常らしい。

衣のこと、食のこと、屋敷内の生活における調度品の使い方、等々。
おそらく、必要最低限セキが困らない程度のことは、初日の昨日、一葉から教わったつもりだ。

「ああ、そうだな。本音を言えば、遠くからでも瞳子を見たいところだが」
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