神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
(待つ場所が変わっただけだ。それなら……)

少しの間、思いをめぐらせ、ふいに“陽ノ元”でした瞳子との会話を思いだす。

「一葉殿。もし、手隙であれば、少し教わりたいことがあるんだが」

まずは『銅鑼(どら)嫌』、それから『混ざ紺』。そして、『乱忍愚』───瞳子が発したこれらの言葉の本来の意味と使い方を。

何より。

(すべては無理かもしれないが、可能な限り瞳子が生きてきた【この世界】のことを、知っておきたい)

それが、セキの“花嫁”として“陽ノ元”で生きると決めてくれた瞳子に対しての、最低限の礼儀だろう。

セキは、瞳子がこちらに戻って来る望月の晩までを、そうして過ごしたのだった。



瞳子との再会を控えた前夜。
あてがわれた(へや)の前から見上げた月があまりにも見事で、縁側へと腰を下ろしていた。

「……眠れませんか?」

廊下の奥のほうから、静かな声がかかる。一葉だ。
セキは、そちらに向かって茶化すように応えた。

「俺が本来の“神獣(おおかみ)”としてあれば、遠吠えをあげたくなるような月だと思っていた」
「やめてください、近所迷惑です───と言いたいところですが、幸い、ここは近隣に住宅もない山中ですからね。まぁ、せいぜい貴方の遠吠えに共鳴する野犬がいるくらいでしょうね。
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