神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
「さて、では夜も更けてきたことですし、私はこれで失礼しますね。
瞳子様のお部屋は、赤狼様のお部屋の隣に用意してございますので」
「……はい? あの、私、自分の家に帰るつもりで……」
「ああ、申し訳ない。この半月あまり赤狼様のお世話に掛かりっきりで、私、本業が滞っておりましてね。
瞳子様がいらしたので、赤狼様のことはお任せできると有り難いのですが」

(え? 意外と無責任だったりする? この人)

言葉遣いは丁寧だが、これはどう聞いても厄介事(セキの世話)を瞳子に押しつけたいのがありありだ。

「一葉殿、俺は別に一人でも……」
「瞳子様もアパートを引き払うのであれば、別に拠点があったほうが、よろしいかと。
いったんお帰りになられるにしても、慣れない夜道は危険ですよ。どうぞ今日から、遠慮なく滞在してください。
───食材や日用品は一通り用意してございますが、ご入用なものがございましたら、これで」

早口でまくし立て、電子決済用らしき携帯端末とクレジットカードが暗証番号のメモと共に置かれる。
あっけにとられる瞳子の前で、引き止めようとするセキを完全に無視し、一葉は屋敷を立ち去ってしまったのだった。



< 352 / 374 >

この作品をシェア

pagetop