神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
「あの……樋村……さん、て。亡くなって……いるんですか?」
「え? 結婚して、ないんですか? 赤ちゃん……その、お子さんがいるんじゃ」
膵臓(すいぞう)がん……それって、いつ頃の話……」

訳が解らない、といった表情でかつての直属の上司を問い詰め、そして、墓地のある霊園の在りかを聞きだした瞳子。

「……お花とお線香買ってくる。ちょっと待ってて」
「ああ」

大型商業施設の駐車場の一角。車を降りて行った瞳子を見送り、セキは大きく息をついた。

推測でしかないが、樋村は自分が病に侵され先がないことを知り、あえて瞳子を遠ざけようとしたのではないだろうか───彼女の行く末を想って。

死に向かう自分と共にあるより、新たな出逢いがあるかも知れない彼女を、無為に繋ぎ止めるのが心苦しかったのだろう。
それは、彼なりの優しさ───いや、同性として穿(うが)った見方をすれば『格好つけ』もあるはずだ。

瞳子を……好きな女性の幸せを祈れる男でありたいと、その度量がある男だと誇りに思いたかったのではないか。

(気持ちは……解る)

セキ自身、“神獣”としての本懐とは別に、(ひと)として愛しい女性が願うならと、自分の想いを二の次にした。
愛しい者の幸せを一番に据え、考えられること、それが男の矜持(きょうじ)だからだ。
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